『ふつう』の難しさ

    



 今日は土曜参観日でした。
授業終了後に
懇談会もあったので、私は一番最後の授業『国語』
授業を見学する事にしました。

 前回の授業参観では一番前の席だった息子は一番後ろ真ん中の席に
変わっていました。
 私と目が合うと
『もっと離れてよ〜。集中しにくい〜』と少し照れた顔をしました。

 授業はプリントを中心に進める授業でしたが、息子はプリントを出して
いません。またきっとどこに仕舞ったのか忘れてしまったのでしょう。
全くやれやれです。。。

 それでも、小学校の時のような落ち着きのなさ
全く見受けられず
ちゃんと席につき、隣のお友達とも話をせず、授業を聞いて・・・
聞いてはいないようです。

 シャーペンいじりに集中しています。。。
私は息子にシャーペンを買いません。
自分のお小遣い昼食代をきりつめて
買い集めているようです。
筆圧の弱い息子は『2B』の鉛筆の使用を薦められていたので、
家には『2B』の鉛筆がまだ2ダースくらいあります。

 一応教科書を開きながら、時々ノート等をペラペラと捲っている
息子の姿に心の中で溜息をつきつつ、教室の中を見回しました。

 教室の中には色々な提示物が貼ってあります。
私は教室の後ろに貼ってある一枚の模造紙を見つめました。
 模造紙に書いてあるタイトルは
『決意』で、一人ひとりの生徒が
自分の
『決意』を書いて貼っています。

 『勉強をがんばる!』
 『部活をがんばる!』
 『言葉使いを正す』
等など、微笑ましい内容です。

 さて、息子はちゃんと書いて貼ってあるのかな?と、思いつつ
順番に探していきました。


 『おとなになって かねをかせいで ふつうにくらしたい』


 ・・・それが息子の
『決意』でした。

 一瞬体が強張りました。
息が出来ない
苦しさを感じました。
何度も何度も
読み返しました。
名前以外は
全てひらがな。そしてたどたどしい文字。
 
間違いなく息子の文字でした。

 
『ふつうにくらしたい』
 『ふつうに』
 『ふつうに』


 
・・・涙が込み上げてきました。
何故? 何で
それだけなの?

 マジシャンになる夢は?
 エジプトに行く夢は?
 犬を飼いたいって言っていたじゃない。

 
何でなの?

 
まだ中学生になったばかりじゃない。
『おとなになって かねをかせいで ふつうにくらしたい』
『おとなになって かねをかせいで ふつうにくらしたい』
『おとなになって かねをかせいで ふつうにくらしたい』


 
それだけでいいの? それは本心なの?
それとも
諦めているの? 無理だと決めつけているの?

 なんでなの!? なんでなの!? なんでなんでなんで・・・

 例えば『おとなになって かねをかせいで 
犬を飼いたいとか
『おとなになって かねをかせいで 
旅に行きたいと書いてあったのなら
他の子と同じような微笑ましさを感じられたのに。。。

 顔を息子の後姿に向けなおし、その背中を見つめました。
国語の先生がみんなの机を見回って声をかけています。
みんながプリントを出している中、息子の机の上には
プリントが
ありません。
でも先生は何も言わずに息子の机を通り過ぎました。

 気づかなかったのかもしれません。
たぶん、気づかなかったのでしょう。

私の気にしすぎでしょう。

 先生はゆっくりともう一度みんなの机を見回っています。
そして息子の席の後ろに来た時、息子の肩を両手で2回揉んで、
そして、そして、
何も言わずに歩いて行きました。

 この場合、どういう事なのか、どう解釈すればいいのか解りませんでした。
授業参観で、父母のいる中でプリントがない事を注意して、息子や私
恥ずかしい思いをさせまいとしてくれたのでしょうか。
 だけど私には、息子が、
息子の机だけが、どこか遠くの海で一人で
プカプカと漂流しているような感じを受けました。

周りのお友達はみんな陽炎。。。
手が届きそうで届かない。

 懇談会が終了すると、私は担任の先生に話しかけました。
『前期のテストの結果が悪く、家でも間違いなおしをさせているのですが、
他にどうすればいいのか解らないのです』
と。
 家庭学習でのヒントでも頂きたいと思っていたのですが、
『他の教科の先生方からも結果の低さの話が出ています』
『本人がまだ自覚していないのが問題で・・・』
と、話しづらそうに
先生は仰いました。
 
でも、そんな事はとっくに解っている事です。
小学校からも、申し送りはいっているし、私も入学式の時に話をしたし、
それが故に
通級にも通っているのです。

 
『このままだと、普通の高校は無理だし職業訓練校も厳しいと思います』

 …そんな事を言われても、私は何も言えません。
そんな事は
親である私が一番よく知っているし、
だからこそ毎日が辛く苦しいのです。

 
『高等養護を考えた方がいいかもしれませんね』

 唐突に担任の先生がそう仰いました。

 『高等養護?』私の頭は真っ白になりました。
『高等養護?』『養護学校に行けと言っているの?』

 私の頭の中は『高等養護』と、息子の書いた『ふつうにくらしたい』という
文字が交互に浮かんでは消えました。
 
何度も、何度も、何度も、何度も・・・

 
『お母さんはどうしたいですか?』と、先生に聞かれ、
私はノロノロと顔を上げると、先生の顔を真っ直ぐに見て
『小学校でやって頂いていたような、個別取り出し授業を望みます』
言いました。
『予算や先生方の人数に限りがあるのは解りますが、先ほど見学した国語の
授業でも、プリントを忘れて授業に全くついていけない感じがします。
叱られもせず、孤立しているような感じもしました』
と正直な感想を言いました。
 先生は
『いえ、国語の先生も普段は解らない時には呼んで、一生懸命教えて
いますよ。ただ、一人の生徒だけにかかりっきりになる訳には行きませんし…』

と言うお答え。
 私は確かに今日、1時間だけしか授業を見学していないので、普段の様子は
解りません。
しかし、そう先生が仰るのならきっとそうなのでしょう。
『ありがとうございます』と、お礼を言いました。

 『まぁ、後期のテストもありますし、それまで様子を見ましょう。
ただ、
決断するのなら早い方がいいかとも思いますので。』
 そりゃそうでしょう。入学してからまだ2ヶ月しか経ってないのに、
そんな事を言われてもどうしていいのか私には解りません。

 『でも、Y君は人柄か、お友達が多くて楽しそうに過ごしていますよ』
と言う先生の言葉に
『はい。お友達には恵まれて本当に感謝しています』と、
答えながら、全くそうだなぁ〜と、思いました。
 お友達に支えられ、時には注意され、そして心配されて息子は学校生活を
過ごすことが出来たと思います。

 息子の無邪気な笑顔は神様が
『障害』と一緒に与えてくれた息子の
『生きていく術』だと、思っています。
 
 私は教室の中を改めて見回しました。
黒板には未提出のプリントの欄に息子の名前が書かれています。
ああ、帰ったらやらせないと、、、早く帰らないと、、、
早く、帰りたい。。。
この空間にはもう居たくない。。。
 そう思って挨拶をしようとすると、
『ああ、それから・・・』と先生が口を開きました。
『部活で夏休みにはユニフォームを作らないといけないんですが、
どうしましょう』
と仰いました。

 
質問の意図は直ぐに解りました。
部活を続けるのか・・・という事でしょう。
ユニフォームを作るのにはお金もかかるし、お金をかけてまで
部活にいるのがいいのかどうかと言うことでしょう。

 
『それは全員が作るのですか?』と私が聞くと
『そうです』というお返事。
 
『それなら本人にも聞いて、本人が続けたいと言うならお願いします』
私は言いました。
『サボってしまう事も多いようですが』と重ねて言うと
『ええ、そうなんですよ』との即答。
それでも私は
『一応ここまで続けていますし、仲の良いお友達もいるので、
本人に聞いてみます』
と、答えました。
 そう言えば部活の顧問もしているこの先生は息子が本入部をすると決めた
時にも
『練習がキツイからついていけるかどうか・・・』と心配していたなぁ〜
と、ぼんやりと考えました。

 
でも、何もかも取り上げないで。
確かに部活にいても役に立たないかもしれないけど、邪魔をしている訳でも
ないでしょう。
息子の小さな居場所は取り上げないで。

 校舎を出る時、涙が込み上げてきました。
『また、戦わないといけないんだろうか?』
『それとも、諦めてしまえば楽になれるのか・・・』


 ・・・どっちにしても もう疲れたな・・・

 明日はまた夜勤だ。 
でも、何の為に働いているんだろう。。。
『ふつう』でいいのに、何で『ふつう』になれないんだろう。

 家に帰った私に息子が微笑みかけてきます。
私の力ない笑顔に何かを感じたのかもしれません。
何かと話しかけてきて、素直に言う事を聞いてくれます。

 そして、先ほど
『ボクのHPに久しぶりに書かせて』と、
自らのページに何やら書いていました。

 養護学校の
HPを検索して、発達障害児の学校を検索して、
文科省の
ページを見て、その立派なでも、何が言いたいのか解らない
文言を読んで、息子が小学校の入学の時から一体何が変わったんだろう
などと思ったり、これから先
何年待てば変わるんだろう・・・などと
果てしなく
遠い未来を考えたり・・・とにかく今は疲れました。

 
小児科の先生の笑顔。
 
言語科の先生の一生懸命なお話。
 
小学校の時に真剣に息子に向き合って下さり、
担任が終わっても中学校に申し送りをして下さった先生のお顔。
 
小学校の通級の担任の先生方のお顔。

 
たくさんの方々に支えて頂きました。
たくさんの力を頂きました。


 だけどまだ
『ふつう』にはなれません。
息子が望む
『ふつうのくらし』
小さな決意小さな夢それさえ私には叶える力がないのでしょうか。

 娘の部屋から息子の笑い声が聞こえてきます。
娘と一緒にPCを見ているようです。
 
今は娘と息子の仲が良くなった事がせめてもの救いです。

 でも、辛いですね。 まだまだ・・・。