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       躾 と 支 配
           〜平成17年6月〜

    

 

  15歳の少年の両親刺殺事件、15歳の少年の兄殺害の事件など最近は、
少年少女の事件が大きく取り上げられ、その家族の様子や学校での様子など、
色々調べては報道されています。 

 私の娘も今年15才になります。
 15歳と言えば、中学を卒業、そして自分で進路を決め、
希望を持って高校に入学する歳でもあります。

 中学までは義務教育。
今は大学まで行くのが当たり前の風潮になっていますが、昔は高卒で働いたりが当たり前でした。
 大学まで行くのはよっぽど目標がある人とか、家庭に余裕のある人が行くものだと
思っていました。私も高校を卒業し、社会に出ました。
 そして当然社会人になれば自分の働いたお金で自分の生活をやりくりします。
私は卒業後、会社の寮に入り、その後アパートで一人暮らしをしていました。 
つまり成人式前には親からは独立していました。
 しかし今は大学まで行くのが当たり前になっています。
特に目標をもたなくても高卒では就職も難しい世の中です。
大卒でも就職が中々決まらない世の中。
 私の甥っ子も今年成人式を迎えますが、親元から大学に通い、
将来はキャラクターデザインの仕事をしたいと、専門的な大学に通っています。
一部学費はバイトをして支払っているようですが、殆どは親が出している状態です。
 成人式を迎えても親の力を必要とする大学生達。 
昔と今では成人式の意味も大きく変わってきました。

今や成人式はただの行事の一部。
『成人』という意味も責任も深く考えて成人式を迎える人たちは
ほんのごく一部ではないでしょうか。


 
中学から高校へ移行するこの時期。当然反抗期もありますし、
自分の親を一人の人間として子どもなりに評価する時期なのかもしれません。

そして親からの支配を拒絶する時期なのかもしれません。

『支配』と書きましたが、言い換えれば『躾』という意味でもあります。
一体どこまでが
『躾』で、どこからが『支配』なのでしょうか?
 親は子どもが物心がついてくると、身支度、食事の片付け、買い物など社会に出て
困らない(当たり前)の事を教えて行きます
子どももある一定の年齢までは文句を言いつつ
それに従います。ただ、度を越した
『躾』を子ども達は親が楽をしたいからやらせるんだと
解釈してしまうのではないでしょうか?(実は私はそう思っていました)
 昔は家庭でも学校でも体罰は当たり前の事でした。そして子ども達はそれが怖くて
親や先生の言うことに従い、生活習慣を身に着けて行ったと思います。

 私の家でいえば、親に手を上げられたことは1回もありませんでした。
しかし、親の言うことは常に絶対的で、小学生のうちから自分の部屋の掃除は当たり前、
家の廊下の掃除や階段の掃除、ワックスがけ、網戸の掃除なども日常的な事でした。

そして、朝食の支度。食器洗い。
正に体罰ではなく、言葉で押さえつけられる生活でした。
 私が高校の頃、たぶん反抗期だったと思うのですが、掃除が嫌でやらなかったことがあります。
そうしたら母は、学校に行くときのバスの定期代を出してくれませんでした。
『じゃあ学校に行かないからいいよ!』と言う私に母は『好きにしなさい。自分のこと
なんだから』
と言い残し、さっさと仕事に行ってしまいました。
 1日、2日と学校を休み、家でぼ〜っとしていましたが、やがてじわじわと焦りが募ってきます。
『勉強が遅れてしまう。どうしよう』そんな事を考え出しました。
そしてその翌日、私は片道30分かかる道を歩いて駅まで行きました。
電車の定期は持っていたので、それで1ヶ月登校した覚えがあります。
『くっそ〜』という意地もありました。しかしそれからは掃除をするようになりました。
それでも親を殺したいと思った事はなかったです。

 私には1歳年上の姉がいますが、姉妹喧嘩は凄まじかったです。髪の毛を引っ張られて
部屋中引きずりまわされたり(たぶんそれ位姉を怒らす言動があったと思いますが、
単に姉の機嫌が悪かったという理不尽な理由の時もあったと思います)
引っぱたかれたりなどは日常的。両親は共稼ぎだったので、助けてくれる人はいません。
 祖母はいましたが、高齢で手出しが出来ない状態でオロオロしていました。
それでもやっぱり殺したいと思った事は一度もありませんでした。
『やさしいお兄ちゃんが欲しい』と母にお願いした事は何度かありますが…(小学生の頃)
それほど『死』というものは非現実的なことで、人が死ぬなんてことは本当に考えなかったです。
人が死ねばニュースになる。新聞に載るものなんだ。
そう思っていた位、
『死』とは大変な出来事だと思っていました。

 私が初めて人の『死』に直面したのは小学生の時で、隣のおばあちゃんが亡くなった時でした。
私はもうその『おばあちゃん』が世界中のどこにもいないということがどうしても信じられず、
『死』とは全てを『無』にしてしまう恐ろしい理解しがたい出来事に思えました。

 しかし今の子どもは
『死』に慣れてしまっているように思えます。
テレビアニメでも当たり前のように出て来ますし、ゲームをすれば自分は主人公。
敵を倒し、お金やアイテムを得てレベルが上がり、時には敵を殺さないと先に
進めない場合もあります。
そして自分が死んでも仲間が死んでも簡単に復活することができるのです。
 私がゲームの仕事を始めてすぐの頃に一つの漫画を元にゲーム化する案が出て、
その作家さんとの打ち合わせに同行したことがあります。
その作家さんは
『人を(動物、モンスター等)殺してレベルアップするゲームは作りたくない』
キッパリ言いました。
そして
『こんな時代だからこそもっと子ども達に夢を与えるゲームを作りたい』と真っ直ぐな目で言いました。しかしその漫画がゲーム化する事はありませんでした。

 
子ども達は刺激に慣れてしまっているのです。
言い換えればゲームの中により刺激を求めていると言えるのかもしれません。
 学校での体罰が禁止になり、個性の尊重の名の元に生徒に自由を与え、
何かあるとすぐに問題にする親達。娘が6年生の頃の教室は正に学級崩壊状態でした。
 授業中でも好き勝手に喋っている生徒達、先生の了解を得ずに立ち歩く生徒達、
その風景は私の学生時代とは全く違った形になっていました。
 先生への
『尊敬』『畏怖』『信頼』は地に堕ち、自分が今したい事を優先する子ども達。
 しかしそれは家庭でも全く同じ事だと事だと思います。
親への
『尊敬』『畏怖』『信頼』も等しく子ども達は持ち合わせていないように感じます。
これでは
『躾』を出来る状態ではありません。

 私が子どもの頃の親達は怖かったです。先生も怖い存在でした。
そして、だからこそ、自分の子どもにはある程度の自由を与えたいと育ててきました。
私の教育方針は3つ。
『人に迷惑をかけない』『嘘を吐かない』『親より早く死なない』
3つです。娘はそれをしっかり守ってきました。残念ながら息子は最初の2つは守れていません。
 自分が親にやられた言葉での
『支配(躾)』はしたくないと考えていました。
体罰は時として行いました。しかし絶対に
『首から上は叩かない』と言う信念を持っていました。
 主にお尻とか、手などを叩く、それも娘には滅多にしませんでした。
小さい時に本を破いたら
『ダメだよ』と、手を軽く叩く位でした。 
 首から上は顔と頭です。
顔を叩く事(俗に言うビンタ)は、とても相手に屈辱的な事だと思い、しないようにしました。
頭は当然生命を司る大切な場所です。親の目線から行くととても叩きやすい位置にありますが、
敢えてしゃがみ込み、子どもと目線を合わせて叱るようにして来ました。

 しかし息子が小学校1年生の時に、その信念は崩れました。
何度言っても同じ過ちを繰り返す息子に体罰、たぶん虐待かもしれません。
何度も叩きました。蹴りもしました。頭を叩き、頬を叩きました。
息子は大声で泣き、
『もうしません!』と言いました。しかしトラブルは繰り返されました。
 息子を叩くとき、私は何度言っても解らない、同じ過ちを繰り返す息子に失望していました。
悔しくて仕方がありませんでした。
『何で』『何故解ってくれない』と、その思いで叩きました。
しかしそれは私の
『感情』であって、息子にとっては『躾』ではなく、『虐待』だったのかも
しれません。 
そしてその
『行為』では息子を萎縮させるだけで何の成果も生み出しませんでした。
 息子の成長と共に、私も今は滅多に手を挙げることはしなくなりました。
そして『褒める』事によって息子はより成長していきました。
しかし時として
『褒める』事だけでは解決しない問題もたくさんあります。
就寝時間を守る。食事の前にお風呂に入る。部屋を片付ける。宿題をする。等は褒める前に
何度も何度も言い聞かせなければ未だに自分から行動を起こすことはありません。
本当に難しい問題です。

 先の15歳の少年の両親刺殺事件、15歳の少年の兄殺害の事件などでは、その理由の一つに
両親への不満や父親からの暴力、兄に対する恐怖心(殺さなければ自分が殺される)などの
報道もありましたが
『人を殺す』とはどういった心境なのでしょうか。
そして
『殺してしまう』という発想はどこから出てくるのでしょうか。

 先日息子が笑いながら私に言いました。
『ママ、死んで』と。
私は
『ママが死んでもあなたは大丈夫?』と聞くとまた笑顔で
『うん。いいよ。その代わりお金をたくさんもらうから』と言います。
私は
『じゃあお金が一杯あったらママが居なくてもいいんだ』と言うと息子は
迷いもせずに
『うん』と言いました。
それが本心だとは思いませんが、それほど
『死』と言う言葉を安易に使う息子に驚きました。
 そして同じように笑いながら
『もしもボクが死んだらどうする?』と聞いてきたこともあります。
私は
『ママより早く死んだらぶっ殺す!』と言うと息子は
『死んだら生き返らないのにどうやってぶっ殺すの?』と笑いながら聞き返してきます。
そうです。
『死ぬ』という事は『生き返らない』という事もちゃんと理解しているのです。

 娘は小学生の時に
『死ぬ事を考えていたら気持ち悪くなってきた』と言い、
『ママ、死なないで』と泣きながら抱きついてきた時期があります。
 私も娘と同じ頃に
『死』について深く考えた時期がありました。
死ぬ事によって
『楽しさ』『嬉しさ』などを失うと同時に『痛い』『辛い』『苦しい』
という感情もなくなるんだ。と漠然と考えていた時期がありました。

 何か気に食わないことがあると簡単に人を傷つける今の時代。
躾と虐待が混沌とした世の中で育った子ども達は果たして自分の子ども達に
どういった躾をして行くのでしょうか。

その責任の一端はやはり親である私達の責任で、
それを見届けなければいけないような気がします。

 
『躾』という文字は『身』『美』という字から成り立っています。
その文字の通りに人として美しい人間に成長して欲しいと思います。



   

反抗期と成長期
 
〜平成17年9月〜

    

 

 今年(2005年)の8月の第2週辺り位からでしょうか、息子に微かな変化を感じたのは…
産まれてから生後1年間、何度も夜中に必ず起き、生後1ヶ月で朝までグッスリ眠っていた娘と
比べると格段に手のかかる息子を私はよく人に『反抗期を背負って産まれてきたような子』
笑って話していましたが、言葉の遅れ、理解不足、物の名前を中々覚えない、
自分の気持ちを伝えられない…等のハンデを背負いながらも、
周囲の人の力に支えながらここまで成長してきました。

 ところが、8月の第2週辺りから
『言葉』を使って反抗して来る事が多くなりました。
今までは、泣く、物に当たる、部屋を出て行く…等の行動が彼の反抗手段だったのですが、
 
『言葉』を使って、反論する、不快に思っていることを『言う』
挙句の果てにはこちらの
『言葉』に対して上げ足とりをするようにもなって来ました。

 これはある意味、
『言葉』を使う力が成長してきた事だと思いました。
それと同時に
『本格的な反抗期』の入り口に立ったような気もします。
 もちろんまだ
『言葉』の力は弱く、それがうまく伝えられないと、『もういい!』と、
伝えることを投げ出してしまう事も、癇癪を起こす事も多々あります。
 しかし、今まで理解できなかった息子の
『怒り』『苛立ち』の気持ちを少しでも
解かる事が出来るようになれば、と、微かな期待もしています。

 先日、3年生の男の子のお母さんとお話しをする機会があったのですが、
全く息子と同じように反抗期、反論期、真っ只中だそうです。(笑)
息子の担任の先生も
3〜4年生が小学校生活の中で一番大切な時期で、その時にしっかりと
躾をしておかないと、
5〜6年生になるともう力で勝てなくなってしまう、と言うお話しを
聞いた事がありましたが、正しく本当に難しい、手ごわい、根気のいる時期に来たな、
と思います。


 しかし、息子がいちいち
『言い訳』『反論』をするので、こっちも忙しい時や、
イライラしている時などは
『もういいや…』と、諦めてしまう事も多々あります。
 だけど、本当に先生の言う通りで、この時期に徹底的に教え込まないと、
特にうちは母子家庭で、ガツンと一発かます父親がいないので、
甘く見られてしまう結果を招く恐れもあります。
 今のところ息子が一番怖いのは祖父で、次に姉、そして母親の私、
そして祖母の事は全く眼中にありません。 
 決して甘い祖母ではありません。口うるさく、時には叩くこともありますが、
私が居ない時には
『うっさい!クソばばぁ!』などと言う事もあるそうです。



 
『これでは新学期が始まったら大変だ』と、とても心配していたのですが、
そんな心配とは裏腹に息子の学校生活は初日から先生がびっくりする位順調な様子でした。
 その様子は連絡帳に、先生が書き記して下さり、 
また、息子も誇らしげにそれを読むように私に言います。

 今現在9月9日ですが、相変わらず息子は学校では落ち着いている様子です。
授業中の立ち歩きはあるにしても、教室を出ることはしない。
音楽の授業の時にみんなと一緒に歌った。
運動会の練習に参加した。など等・・・
 そして何より
連絡帳に明日の時間割と持ち物をしっかりと書き写して来る様にもなりました。
それも丁寧な字で。そして算数で習った1〜0の間の数についても教えてくれます。
国語の音読では2ページにわたる『詩』を完全に暗記し、
一言一句間違えずに私に聞かせてくれました。

 また、言語療法、作業療法の時にも先生の指示に従い、課題をこなし、
問題は起こりません。
そして通級の時にも、マジックミラーで覗いた息子の様子はとても穏やかで、
先生の指示に従い、
自分の意見が通らなくても癇癪は起こさず、その事実を受け止め、
妥協をし、
そしてその中で楽しむ姿も見受けられました。
 
ここでも全く問題はありません。



 そうしてみると、問題が起こっているのは
家庭内だけという事になります。
むしろ
学校、言語療法科、作業療法科、通級では大きな成長さえ感じさせます。

 息子は決して人格の使い分けができる訳ではないので、学校で無理に『いい子』を演じて
いるとは思えません。それは息子の時間割を書き写してきた文字を見れば一目瞭然です。
その字はとても落ち着いている時に書かれている字体です。

 娘が事あるごとに言う
『ママは甘いな〜』という言葉が脳裏を過ぎります。
家庭での躾の問題が、息子の家庭での成長を妨げているような気がしてならないのです。
 
『当たり前の事』
それらを息子に教えるのが少なかった様な気がしています。

 
『言葉』の成長に大きな遅れのある息子に対して私はいつも先回りをして
物事の手助けをしてしまってきました。


 朝、起きればその日に着る洋服を出す。靴下がうまく履けなければ履かしてやる。
朝食は何が食べたいか聞き、なるべく意見を取り入れ、好きな物を用意する。
※(上の問題は自然と自分でやるようになり、今は出された物を自分で着替えてから食べます)
時間割は
息子が読み上げ、私が用意する。
宿題の
有無を私が確認し、付きっきりで息子に教える。
音読は息子。しかし、
音読以外の本は私が読み聞かせをする。
 学校から帰って来て、靴を並べるように何度も注意していましたが、
やがて諦めてしまう。
ランドセルも同様で、玄関に投げ出しっ放しなのを注意する根気が私になくなってしまい、
結局夜に持って上がらせる。
 入浴の時も
衣服の裏表を直させる様に躾ていない。
一人では怖いというので、
脱衣所で息子と話をしながら浴槽に入るまで側についていてやる。
※(上の問題は側についていないと、体を洗わず浴槽に浸かっただけで出てしまうので、
  未だに見るようにしています)


 日常の挨拶、
『おはよう』『頂きます』『ご馳走様』『ごめんなさい』『ありがとうございます』
等はきつく躾けてきたつもりですし、それらは息子も自然に言葉にしますが、
あまりにも私の先回り的な行動が自我に目覚めてきた息子の成長の妨げと、
反抗期に拍車をかけてしまっているような気がします。

 
 
ー『やってもらって当たり前』ー

 どうも、娘も息子もそういう考えが見え隠れします。

『ご飯を作ってもらって当たり前
『宿題を手伝ってもらって
当たり前
『洗濯をしてもらって
当たり前
『食器を洗ってもらって
当たり前
『掃除をしてもらって
当たり前

 だからでしょうか、それらに対して
『ありがとう』と言う言葉を聞いた事がありません。
逆に娘(中3)は、
『そんな事、自分でしている友達なんていないよ〜』と言います。

 少子化、核家族化、子ども第一主義、などにより、
今の親は(もちろん私も含み)子どもに対して過干渉になってしまったようです。
 私が子どもの時は、朝食を作るのも、掃除をするのも、
洗濯物をたたむのも、食器を洗うのも、ゴミを捨てるのも全て
『お手伝い』
『子どもがやって当たり前』

という中で育って来ました。

 姉は中1からお弁当を作り、私は家の板張りの床の全てを掃除をしてワックスをかけました。
二人でお使いにも行きましたし、食器も交代制で洗いました。
 当時はとても嫌な事でした。
しかし、そのお陰で姉は料理がとても上手です。私も掃除が大好きです。
そしてそれらをする事を苦痛に思う事も今はありません。

 息子は4年かけて学校で
『やるべき事』『やらなければいけない事』を理解し、
そして、それらを今、頑張って
習慣化しています。
そしてその影では先生方の繰り返し、繰り返しの努力があった事と思います。
 言語療法科、作業療法科、通級でも、やる事は習慣科されています。
そして何より息子がそれらの事を
『受け入れている』からこを、問題が起きないのだと思います。

 
では、何故家庭では?
 どうして今になって?


 それはやはり私の子育てが問われているような気がします。
 それと息子が
『子ども』から『少年』成長する前の反抗期の中にいるように思えます。
イライラと常にとがっている息子の様子を見ながら、
どうすればこの時期を乗り越えられるかを毎日考えています。

 担任の先生にも相談しました。
 言語科の先生にもアドバイスを頂きました。
 そして友人の弟のいる人に、昔を振り返って『弟』の存在をどう思っていたか聞いたりもしました。

 今日は体を使って、運動をさせて見ました。
これは効果覿面で、息子は私と何かをやる事をとても喜びます。
『もっと!もう1回』などと、本当に嬉しそうに言ってきます。
そして、夜の寝つきもいいです。

 前にマラソン大会か何かの後に言語科があって、疲れて出来ないだろうと思っていたら、
意外にもすんなりと課題をこなした事があります。

 その時に言語科の先生は
『体を動かした後は脳にも酸素が行くから勉強にはいいのよ』
仰ってた言葉を思い出しました。
 
確かに勉強にもいいですし、イライラ感もなくなるようです。

 ちょっとした工夫で反抗期を成長期に変える事もできるんだな、と感じた出来事でした。
そして、
反抗期は成長期の前の準備期間だと感じました。
自分の中の出来ない自分と向き合い、自分の力で乗り越える力をつける期間。
 そこに親の過干渉はマイナスだけど、放任もマイナスで、一歩引いて見守りつつ、
時には人生においての
『常識』を教え、『感謝の心』を教え、『絶対的な親の力』
教えつつ、
共に成長する時期だと悟りました。

 子育てとは、私にとって知力、体力、精神力、
そして五感をフルに使う立体パズルを組み立てているようです。


 時には間違い、少し前に戻ってみたり、疲れたら少し休んだり、人の手を借りたり…
だけど、どんな作品になるのかは最後の最後までわかりません。
願わくば私の生きているうちに完成したパズルを見たいとも思いますが、
土台だけでも作れれば、後はゆっくり息子自身が作って行く事もできるでしょう。
 せめて
土台だけはしっかりと、間違わず、少しの振動では壊れないようなものを
作って行きたいと思っています。



 

   四葉のクローバー
   
友だちとの付き合い方
  
   〜平成17年11月〜

 

 『ママ!見て、見て!今日、四葉のクローバーを2つも見つけたんだよ。すごいでしょ〜!』
と息子が話しかけて来たのは、私が息子の懇談会を終えて帰宅した後でした。
 その時はまだ息子の姿は見えず、靴もなかったので、友達と遊びに行っているんだな、と
考え少しホッとした気持ちでした。
 
どうしてホッとしたかと言うと、懇談会での話題が少し心に残っていたからです。

 懇談会の話のメインは女の子同士、男の子同士の確執みたいな話で、女の子はだいたい
2人位で仲良くくっつき、他の女の子の悪口を言ったり、体操着を隠したり、上履きを
濡らしたりとか、手紙で悪口を言い合ったりと、表面上ではなく、水面下でそういった
問題があるらしいです。
 また、A子ちゃんとB子ちゃんが仲良しで放課後に遊ぶ約束をしていて、そこにC子ちゃんが
『一緒に遊ぼう』と、入ってくると、A子ちゃんとB子ちゃんは一旦、遊ばない事にして
C子ちゃんの誘いを断り、C子ちゃんに内緒でA子ちゃんとB子ちゃんだけで遊ぶと言う感じで
それをたまたま見たC子ちゃんと結局3人で遊んだお話しとか、保護者の方達からの
お話しが殆どでした。

 先生も女の子は中々表面上にそういった問題が出てこないから解りづらいと
仰っていました。
その点、男の子は喧嘩や小競り合いなど、その場で決着をつける事が多いので解り易いとの
事でした。性差の違いでしょうか。私達の時代にもそういった事はあった記憶があります。


 
そして、息子の事を考えました。
息子は週に多い時は2回の病院と1回の通級で、友達と遊べる日は少なくなります。
通級は月に2回ですが、病院は週に2回あります。


 その合間をぬって、息子は学校に行くときに、
『今日は友達と遊べる日?』と私に聞きます。
私が
『うん。今日は大丈夫だよ』と言うと、息子は嬉しそうな顔をして『じゃあ今日は誰と
遊ぼうかな〜新しい本を買ったから、O君に見せてあげようかな〜』
などと、言いながら
登校して行きます。

 最近は娘の面談など、学校行事が多く、在宅で仕事をしている日が多いのですが、
遊べると言った日にも、息子が一人で帰って来て、一人でビデオを見ている光景が
多くなったように感じていました。

 遊びに行ったら行ったで、怪我をするんじゃないかとか、お友達と喧嘩してお友達に
嫌な思いをさせていないかとか心配をするし、家でお友達と遊んでいる時も、
隣の部屋でヒヤヒヤしながらお友達とのやり取りを聞いています。

 昨夜は私が先にお風呂に入っていたので、5時過ぎに帰って来た息子の入浴を
手伝いながら息子の話を聞いていました。
 息子は
『ママ、これで四葉のクローバーを3枚も集めたんだよ。四葉のクローバーをよっつ
集めたら、もっと良い事あるかな〜』
と言う息子に『きっとものすごく良い事があるんじゃ
ないかな〜』
などと他愛のない会話をしていました。

 そして入浴を終えた息子に
『今日は誰と遊んだの?』と聞くと、息子の答えは
『一人だよ。だって誰も遊んでくれないもん』と…
『え?じゃあ一人で四葉のクローバーを探していたの?』との私の問いに息子は
『うん。誰も遊んでくれないから一人で公園で四葉のクローバーを探していたんだ』
答えました。
『……そう、なんだ…』と答えた私の顔はきっと息子には絶望感に満ちた顔に見えたのだと
思います
。2階に行こうとする私を追って来ると息子は
『ママ、ボクの事好き?』と聞きます。
私は
『もちろん大好きだよ』と答えると、息子はホッとした顔になり、『じゃあチュッして』
言います。私は息子を思い切り抱きしめて、
『Y、大好きだよ。』とほっぺたにチュッしました。

 
だけど、部屋に戻った私は本当に胸を押し潰される程、苦しかったです。辛かったです。
息子の前で笑顔を作るのが精一杯で、一緒に食事をしていても、息子に
『ママ、怒ってる?
ちょっとこっち向いて』
と言われるほどでした。
 そして更にショックな言葉が…

 
『今日ね、ボク、I君にウソつかれた』と言うのです。
『I君に今日遊ぼう、って言ったら遊べないって言ったのに、違う子と遊んでいたんだよ』と。
 私は少し考え
『違う子と遊ぶからYとは遊べないって意味だったんじゃないの?』と半ば
自分に言い聞かせるように言うと、
『違うよ。ボクが聞いた時には解らないって言ったんだ。
それなのに他の子と遊んでいたんだよ』
と…
 情けないことに私はもうそれ以上話す事が出来ませんでした。
息子は再びテレビを見、
私はずっとうつむいて食事を口に運んでいました。

 
『一つの成長』
 外での出来事を話す。自分の考えを話す。ウソをつかれたことを認識し、怒る。
それは確かに今までにはない成長なのかもしれません。
でも今日の私には
残酷な成長に思えて、とても心が苦しかったです。
 息子は確かに成長をしている。そして自分なりに考える力もついて来ている。
だけど、それはいつか
『何故、自分とは遊んでもらえないんだろう』という疑問を持ち、
『自分』について考える時期も来ると思います。

 
避けては通れない成長の門。
辛い現実を認識し、そしてその中でどうやったら一緒に遊んでもらえるのか考える時期。
息子はもうそんな時期に来ているのかもしれません。

 
『友達と遊ぶ』事は親や学校の授業の中では学べない子供同士の社会の中での
ルールや我慢をする事、お友達を思いやる心を育てる、子どもの目線での色々な
発見や感動、そして何より息子のように人の立場に立って物事を考えられない、
周囲の状況に応じた行動が出来ない息子にとって
何より大切な遊びの中の勉強です。

 
もっとたくさんの経験をして欲しい。
もっとたくさんのお友達と遊んで欲しい。心からそう思いました。
 授業参観の中で見た限りでは、誰かに意地悪をされているとか、無視をされているといった
光景はなく、息子が嬉しそうにプリントを友達と見せ合いっこをしている姿や、
友達と仲良く話したり、女の子とも色々話している姿が覗えます。
 通級でお迎えに行くと、必ずクラスの子が
『Y,じゃあね〜』と、何人も声をかけてくれます。

 
しかし、学校を離れて遊ぶ対象と考えると話は違うのかもしれません。
中々ルールを覚えられない息子。自分なりのルールを押し通そうとする息子。
ゲームをしていても字が読めず、中々先に進めない息子。

そして野球やサッカーなどには興味がなく、そういった遊びを好まない息子。
自転車は危ないからと父(祖父)に乗る事を禁じられている息子。
 もう体も力も強い同年代の男の子にとって、息子は物足りない存在なのかもしれません。
それでも毎日学校に行く前に
『今日は友達と遊べる日?』と聞いてくる息子。
 
本当に切ない思いが募ってきます。

 
誰もいない公園で暗くなるまで四葉のクローバーを探していた息子。
一体何を考え探していたのでしょう。
 そして四葉のクローバーがよっつ集まったら息子は何を望むのでしょうか。


 昨夜はそんな事を考えながら中々寝付くことが出来ず、
時々息子の寝顔を覗き込んでいました。

 
残酷な成長期。
色々考え、悩み、そして乗り越える強さを、諦めない事を息子に祈るような気持ちで望み、
そして四葉のクローバーがよっつ集まる頃には息子にとって
『ものすごく良い事がある』
ように心から祈りました。





 障     害
 〜平成17年12月〜

 

 『障害』を辞書で引くと下記の様に説明されています。

障害・障碍【しょうがい】

〔「障がい」と表記する場合もある〕
(1)物事の成立や進行の邪魔をするもの。また,妨げること。
(2)身体の器官が何らかの原因によって十分な機能を果たさないこと。
また,そのような状態。
(3)個人の特質としての機能障害(impairment),
そのために生ずる制約としての能力低下(disability),
その社会的結果である社会的不利(handicaps)を包括する概念。

三省堂提供「デイリー 新語辞典」より

 
 先日、息子がお友達と遊んでいた時の事です。
息子の部屋は私の隣で、戸を閉めていてもよく声が聞こえてきます。
しばらくはゲームやかくれんぼをして遊んでいたのですが、
息子がお友達に向かって
『○○って知的障害者だよな』と言ったのです。
 
瞬間、私は雷に打たれたようなショックを受けました。
しばらく動くこともできず、息子の言った言葉を頭の中で反芻していました。

 
『知的障害者』…語彙の少ない息子が知っている言葉ではありません。
そして家でも言語科でも通級でも使わない言葉です。
 確かに息子は発達障害ですが、息子には『読んだり書いたり理解するのに他の子と
比べて時間がかかるし、努力も必要なんだよ』
と言うふうに解りやすく説明しています。

 では何故息子が
『知的障害者』と言う言葉を知っていたのか。
それは恐らく誰かに言われた、しかも1度で覚えられるとは思えないので、
何度か何日かに亘って言われた言葉だと思いました。

 『知的障害』を辞書で引くと下記の様に説明されています。
ちなみに『知的障害者』では出てきませんでした。
(PCにて検索)


ちてき-しょうがい ―しやう― 4 【知的障害】

知的発達が遅れ社会生活上の適応行動に障害を伴う状態。
心身の発達期(一八歳未満)に現れるものをさす。
精神薄弱・精神遅滞に代わる名称。
知的発達障害とも。
痴呆(ちほう)を含む場合もある。

三省堂提供「大辞林 第二版」より

そして
『知的発達』を調べると⇒『知的障害』と書かれてあります。

 では『発達障害』はどう説明されているのか調べてみると、下記の様に書かれていました。

はったつ-しょうがい ―しやう― 5 【発達障害】

心身の機能の発達が滞った状態。
知的障害・自閉症など。
三省堂提供「大辞林 第二版」より

 『発達障害』には『知的障害』が含まれている解釈になります。

 『ADHD』も、昔は
『注意欠陥多動性症候群』と言われていたそうですが、
正式に
『注意欠陥多動性障害』と病名になったと聞きます。

 しかし、いづれにしても安易に使う言葉ではありませんし、
子どもがその意味を正しく理解しているとも思えません。

 たぶん息子は誰かに
『知的障害者』と言われたのだと思います。
そしてその言葉を言ったのはお友達で、その言葉を教えたのはその親御さんだと思いました。
(息子の事をその親御さんが言ったのかどうかは解りませんが、悲しい事ですが、たぶん息子の事を
言ったのだと思います)


 
けれど私が一番ショックだったのは、息子がその言葉をお友達に向けて発した事でした。
息子は
『知的障害者』の意味は解らなくても、それが嫌な、あるいはバカにされた言葉だと
受け取ったのだと思います。

 そしてその言葉をお友達に使った。。。
ちなみにそのお友達は息子の様に『発達障害』は全くありません。
 
 今まで息子を育ててきて、叱る事もたくさんありましたし、
勉強について行けずにかわいそうだと思った事もあります。
 
けれど、その言葉を発した息子に対して初めて『憎しみ』を感じました。
『憤り』ではなく正しく息子を『憎い』と思ったのです。そして『情けない』と悲しく思いました。
 自分が言われて嫌な言葉。それをせっかく遊んでくれているお友達に向かって言う息子。
思わず部屋から飛び出して行って、殴りたい心境に駆られました。
 しかしお友達は気にする事もなく、仲良く遊んでいるのでその場は何とか心を落ち着け、
お友達が帰った後に、いかに息子に話し、説明し、理解させるかを考えていました。

 息子は当初
『え〜そんな事、言っていないよ。ママの聞き違いじゃない』と、
とぼけていましたが、ハッキリ聞いた事を伝え、それがどういう意味なのかを問いました。
 
案の定、息子は意味を全く理解していませんでした。
では、どうしてその言葉を知っているのかとの問いかけに、息子はしばらく黙っていましたが、
『誰かにあなたが言われた言葉じゃないの?』との私の言葉に『後を向いていた時に
言われたから誰に言ったのか、誰が言ったのか解らない』
と、うつむいて答えました。

 
私は息子の答えは半分当たっていて、半分ウソをついていると感じました。
何故なら言葉を教えるのにこんなに苦労をしているのに、
たった1回で、しかも後を向いている状態で息子がその言葉を覚えたとは思えなかったからです。
(後を向いているという状況は前方に息子の興味を引く事があったか、前方に気を取られている状態です。
その状態で、ざわついている校内で後方からの聞いたことも無いような言葉を覚えられるとは思えません)

 そして時期的にもお友達が中々遊んでくれない時期でした。
ただ、それ以上は息子を追い詰める気がしたので、それ以上は聞きませんでした。
 でも、
『知的障害者』と呼ばれている人達がどんなに苦労をして、どんなに頑張っているか、
息子が遊んでいる時も血の滲む思いで障害を克服しようと頑張っているのか、
簡単に使う言葉ではないし、ましてや意味も解らずにお友達に言うべき言葉ではない。
と、それだけは伝えました。

 そして
『Yにも文字を読んだり書いたり理解する事に大変な努力がいるでしょう?
でもそれはあなたのせいではない。
だけどそれをお友達にバカにされたらどう思う?
悲しくない?自分が言われて嫌な言葉や態度はお友達にも絶対にしない、やらない
事を
約束させました。

 息子は
『じゃあボクがバカにされたり嫌な事をされたらその子のお母さんに言ってくれる?』
と聞くので、内容をちゃんと教えてくれて、誰が、いつ、どんな状況でYに言ったのか覚えて
来なさい。内容によっては先生に相談する
し、今までだって先生に相談している事はたくさん
あるんだよ。ただ、Yにはその都度言っていないだけどよ』
と言いました。

 息子は神妙な顔で
『はい』と答え、その晩はすぐに布団に潜り込みましたが、
私は息子に対しての感情が中々治まらず、このHPをぼ〜っと見つつも日記も書けず、
布団に入っても眠る事が出来ませんでした。

 
息子も来年は5年生です。
すでに周りのお友達は息子が
『普通』ではないと思いながらも接してくれていますし、
息子も
『どこか他の子とは違う』自分を認識しています。
 
お友達とのトラブルや、落ち着きのなさはだいぶ改善されてきた様に思いますが、
これからの
精神面でのケアと教育が大変だと改めて思い知らされた日でした。